泥酔亭の成り行き日記

2013年02月

前回ブログを書いたのが2/9だってぇからあれから二週間近くも経ったってことか・・・。bob
ボブ・ディランは歌の文句で「時はジェット機のようだ」ってなことをいってたが、このご時世ジェット機どころの騒ぎじゃないわ。
右向いて左向いたりしてるうちに一ヶ月なんてあっという間に過ぎてしまいそうだ。
こんなんじゃ還暦なんざすぐ目の前だなぁ〜。

124705612218816317300・・かなんかいってぼやいても、一日が伸びるわけじゃないから、ジュリーじゃないけど「時の過ぎゆくままに」日々を送るしかないんだべなぁ。
といっても、別にダラダラしてたわけじゃなく、この冬空の下毎日忙しくさせてもらっている。
旧暦の年賀状書きが終わったと思ったら、「第七回日本の地酒を楽しむ会」の用意。
そのあとすぐの3/3は、久々の「リクオ・ソロライブ」。
そのあと、ちょいとした発表会のための血のにじむような(笑)練習。
そして毎年のことながら数字で頭が占領される確定申告。
さらに7月の野外ライブの下準備。

7月なんざまだまだ先と思ってたけど、こんな調子じゃ気がついたら大晦日ってなことにもなりそうだ。
だまっていても誰かがやってくれることなんてひとつもないから、気を落ちつけてひとつずつ片付けていくしかない。
ま、確定申告以外は好きでやっていることなので、楽しみといえば楽しみだ。

とくに野外ライブのような大きいイベントの場合、たくさんの人の力を借りなければいけない。
今まで知り合った人はもちろん、新しい人との出会い、久々に会う人など毎日が躍動している感じだ。
ナミさんこと南正人の歌にこんな文句がある。planted02_1_
♬ 自分自身が風になって流れをつくっていくのさ
人と人の出会いほど深い意味を持つものはない ♪
(さすらいⅡ)

さすがナミさん、いいこというわ。
過疎化が進んで更地と空き家が増え続けるこの町。
だけどまだまだ元気で面白い奴はいっぱいいる
遠く町の暮らしをうらやむより、いま住んでいるこの町を見なおすほうがずっといい。
今まで見落としていたものがたくさん見つかるはずだ。

ついでにナミさんからもう一丁。
♪ 見知らぬ町の見知らぬ景色より
見慣れたこの町の代わりばえのなさに
なぜか見つけたのさ このやすらぎ ♬(街の風)

さ、今夜も燗酒でも呑みながら、ナミさんの歌でも聴いてみよう。

images今年の冬はドサッと降ったかと思えば、カラッと晴れ渡り、シバれると思ったら急にストーブのいらないような陽気になったりする油断のならない冬だ。
さっきもワサワサと雪が降って「また除雪かよ」と思っていたら、もう何事もなかったように晴れている。
まったく今年の冬将軍はいつも以上に気まぐれだ。

ところで気まぐれってわけではないが、例の「吹雪を呼ぶ男」大和市のライブ・バー「菩南座」の戸川凛太郎氏(74歳)gun002
2/18にフォーク・シンガーのさこ大介さん(65歳)と来芦すると連絡が来ていたが、なんでも持病の胃潰瘍が再発したらしく急遽取りやめになってしまった。

なんでも懐具合が冷え込んだため、腹具合も悪くなったらしい(笑)
会えないのは残念だが、なにしろこの気まぐれな冬の空。
いくら元マタギとはいえ、どんなことになるかわかったものではない。

7月には野外ライブも企画している
ので、その頃テントを担いできたほうがずっといい。
なにはともあれ、吹雪を呼ぶ男との再会はしばらくあとになりそうだ。

「また絶対いくよ!」といっていたが、こっちこそまた会いに行きます。
それまで、無茶をしないで元気でいて下さいね。

ps:7月に来るのはいいけど「嵐を呼ぶ男」は勘弁して下さいよ。

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ニ、三日シバれがゆるんで、「春近し」と喜んだのもつかの間。
昨夜の地震とともに、大雪までやってきた。
なんとも激動を予感させる節分だ。
0220「節分」は本来、季節の移り変わる時の意味で、立春・立夏・立秋・立冬の前日を指していたが、次第に春の節分を指すようになった。
前年の邪気を払う追儺(ついな)という儀式が行われ、それが家庭にも広まり豆まきという行事になったという。
と、考えると昨夜の地震も厄祓いといえるかもしれない。
なんでもポジティブに考えなきゃね。

taro02で、厄祓いで思い出したわけじゃないけど、昨年吹雪の中を突然来芦した大和市のライブハウス「菩南座」のマスター戸川凛太郎氏→。
なぜか冬の芦別をいたく気に入られたようで、またもや突然電話が来て「今年も行くよ〜」という。
しかも今年は御歳65歳になられるフォーク・シンガー「さこ大介」さんとの二人旅。
凛太郎さんいわく「ジジィの二人旅、老々介護ツアー」らしい。

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酔った勢いで電話をくれたらしいので、なんとも話がよくわからなかったが、とにかく2/18(月)〜2/21(木)までのご滞在ということだ 。
←さこ大介さんからも「よくわからないんだけど、よろしくお願いします」という電話が来た。
19日あたりにライブをやるということにしておいたが、どうせ凛太郎さんと打ち合わせてもどうしようもないだろう。

ま、人生成り行き。
たまにはこんなユルいライブもよかんべえ。
みなさんもぜひ遊びに来て下さい。 
当日は投げ銭ライブになりそうです・・・たぶん(笑)

蛇足ですが、このさこ大介さん、憂歌団のボーカル木村充揮が師と仰いでいるとか。
楽しみですね。

毎日毎日、寒いのシバれるのと口癖のようにいっていたが、今日はやっとシバれがゆるんだ。
ここ何日かは暖かい日が続くとのことなので、少し気が楽だわ。
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ディランではここ何年か旧暦で年賀状を出している
今年の旧暦の元旦は2/10
すると、今ごろは旧暦だと師走の二十日頃。
落語の「富久」でいえば、大神宮様のお祓いの来る時分だ。
そう考えれば、寒いのもしかたがないかも。
一年に二度も元旦を祝えるとは、なんだか得したような気になる。

一休さんは「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」といったそうだが、たしかにそうもいえるので、あんまりめでたがってもいられない。
150げんに去年地元出身で、芦別で初めて凱旋ライブをしてくれたラテン・ピアニストの「モヒカーノ関」さんが1月に入ってすぐ体調を崩され、何日もせずに亡くなられた。
去年のライブの打ち上げでもディランに来てくれ、そこで同級生のお兄さんだということがわかり、「来年はぜひディランでもライブを」といっているぐらい、元気そうに見えた。
まだ還暦前だというのに、突然の訃報に驚いた。

014そして先日、たくさんのイベントでも色々お手伝いをしてくれた「末永農場」の末永真一さんのお通夜があった。
二年ぐらいまえに突然、「急性骨髄性白血病」の診断を受け闘病中だったが、ドナーも見つかり骨髄移植も成功したと聞いていたので、きっとまた元気な姿を見られると思っていただけに残念な思い出いっぱいだ。
マダムは十代の頃から可愛がっていただき、ディランも本当にお世話になった。
鉄道が好きで、よく旅の写真を見せてくれて、お土産もたくさんいただいた。
まださっぱり実感がわかないが、淋しいことこのうえない。
お二人の冥福を心からお祈りするしかない。

思い返せばディランの30年の中でも、たくさんのお客さんとの別れがあった。
どの人を思い出しても感謝の気持でいっぱいになる。
いずれこの世で息をしているものは、だれかれの区別なくこの世を去らなければいけない。
大事なのは今このときを一期と思って、真剣に生きることだ。

昨年亡くなった藤本義一は、師と仰いでいた映画監督の川島雄三の言葉として次のようにいっている。
「生きているというのは"現在"の積み重ねということだ」現在(いま)を精一杯に生きたなら、いつ死んでもいいという、ということは、死を怖いと思う人間は現在を真剣に生きていないからだというのに通じる。
「幕末太陽傳」をはじめ、多くの傑作を残した川島監督は日活アパートでひとり45歳で亡くなった。
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