泥酔亭の成り行き日記

2015年12月

以前からずーーーっと、探していたアルバムがあった。a
ムード歌謡の女王といわれた「松尾和子」のアルバムだ。
そのアルバムのタイトルは「ラプソディ」。
RCサクセションにも同名のアルバムはあるが、まったくの別物。
このアルバムは1975年に発売されているが、なぜか全曲作詞作曲があの泉谷しげる
どういった経緯で作られたものかはさっぱりわからないが、まさしく美女と野獣の感がある。
バックを務めているのは、その当時泉谷のバックだった「ラストショー」と「イエロー」
一曲だけこれまたなぜかCharがギターを弾いている。

dolgen28-img600x450-1429342246ocgbbj10312このアルバムのことを知ったのは、 発売から十年以上も経った頃だった。
その頃から幻のアルバムとして、その内容の良さとともに伝説化されていた。
いまのようにネットもない時代。
偶然中古レコード屋で見かけるなんてことは、砂漠の中でひとつぶの砂金を探すようなものだった。

で、いつのまにアルバムのことはすっかりと忘れていたが、このあいだ読んだ本の中で突然このアルバムのことが書かれていて、いっぺんに当時の記憶と欲しかった感が蘇ってきた。
そうなると、今はネットの世の中。
こういった探しものには便利この上ない時代だ。top

さっそくam☆zonで探してみると、一枚だけ中古で見つかったが、プレミアがついて¥8,800ときたもんだ。
さぁてどうすっぺ?とレビューを読んでいたら、「正直こういうところで書くのはどうかと思いますがG☆Oの宅配レンタルサービスでこのCDはレンタルできますので、大金を払ってまで中古品を購入する必要はありません。」なんていうありがたい助言を発見。

bbf0b9ad79b736eaaea5a0a030eb7f37b5c05493_mそのご託宣にしたがって、レンタルを申し込んだら、ついに本日感動のご対面
逢いたかったぜ〜、ラプソディ!
で、肝心の中身はどうだったかっていうと、「なんでこんな素晴らしいアルバムをいつまでも廃盤にしてるんだ!馬鹿者」のひとことに尽きる。
とくに「ライブ!泉谷しげる」で聴きなれていたはずの「夜のかげろう」の哀愁感。
こんなにいい歌だったとは・・・。
ある中古レコード屋さんのブログの「ピアノ一本と歌だけのイントロダクションが痺れる「夜のかげろう」に至っては涙をこらえることが困難に思えるほど」の言葉にまさしく同感だ。

晩年、息子の逮捕、多額の借金、不慮の事故死など、次々と不幸に襲われた松尾和子の一生をどうしても思い浮かべてしまう。
ずっと聴きたかったこの名盤。
聴くことができたのは、やっぱりネットのおかげだなぁ。
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マダムの風邪も二日間の休養で無事全快した。4535fc39-6d7a-47b5-ab87-d3cd15e91a0f
と、ほっとしていたところ、バテレンの行事をとやかく書き散らかしたせいか、とたんに天罰が下った。
マダムの携帯の中の連絡先が突然すべて消失し、googleのアカウントも消えてしまい、ログインできなくなってしまった。
ネットであれこれ検索して対策を講じたが、いっこうに解決しない。
こうなりゃ工場出荷時に戻しちまえ!と初期化してみたら、完全に起動しなくなってしまった
そのあとネットをよく見たら、「初期化は危険!素人はやめるべき」なんてのを発見・・・。
pente2013早めに見ときゃよかった。
後悔先に立たず、死んでからの医者話、覆水盆に返らずetc・・・。

恐るべし、耶蘇教。
ちょいとチャランケをつけただけで、この仕打ち。
もうクリスマスハロウィンのこともとやかく申しません!
勝手にイースターでもペンテコステでもやってください。

でもって、素人の手には負えないってんなら、メーカーにお任せするしかないと、サポートセンターにZenFone-2-Laser-title電話したところ、修理のために送ってほしいと言われた。
買って一年ぐらいだべか?と、保証書を見たら、一年と一ヶ月経っていた・・。
で当然、有償修理ってことになり、最低でも¥8,000プラス部品代がかかるらしい。
どうしようかと迷ったが、耶蘇の呪いのついた携帯は縁起が悪いので、新しい携帯を買うことにした。

今度はキチンと神棚にあげてお祓いしてから使うことにしようっと。
たのむぜ、神道! 

※「チャランケ」とは、アイヌの言葉で「とことん話し合う」という意味だけど、なぜかウチラの子供の頃は、「ケチをつける」って感じに使っていた。
特に酔っぱらいが・・・。
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寒暖差アレルギーも今のところは、なんとか鳴りを潜めてくれているようだ。f0115484_17393541
・・なんて安心していたら、お次はマダムが風邪をひいたようで、微熱、頭痛、腰痛の三重苦
もともとが頭痛持ちだったので、ちょっとしたことがきっかけですぐに頭が痛くなるらしい。
でもって、いつものかかりつけの病院で、診察してもらい、いろいろとお薬をいただいた。
この夏からの通院ラッシュのおかげで、わが家は現在いろんな薬であふれかえっている。
今年はなんとも病院通いの多い年だったなぁ。
で、昨夜はクリスマス・イヴだってぇのに、ディランは臨時休業とあいなった。

ま、クリスマスっていっても二千年以上も前に、中東で生まれた教祖さまのお誕生日をお祝いしてあげるってだけだしね。
しかも12月25日はイエスさまの誕生日とはまったく関係ないという。
images聖書のどこを読んでも、イエスの誕生日は書かれていないし、わが誕生日を祝うべしとも書いてはいない。
ローマがキリスト教を国教と定めたときに、ミトラ教の太陽神の祭日をキリストの誕生日に仕立てあげたってのが真相らしい。
このミトラ教ってのは、悪魔崇拝ともいう人がいるくらい怪しい宗教なのに、なぜまたローマカトリック教会がこの日をイエスの誕生日にしたものか?
身も蓋もない言い方をすれば、いろんな行事を作り上げたほうが金が集めやすいってことだ。
それでなくても、免罪符なんてとんでもないものを考えついて売り出すぐらいの連中だ。
20151017170750038マルティン・ルターでなくても、ちょいとおかしいんでないの?って思うわ。

おかげさまで、平和をもたらすはずの宗教は何千年たっても、争いの種を生み続けている。
4122042143キリストといわれているナザレ人のイエスは、一行たりとも教えを書き残してはいない。
すべて弟子たちが書き残したものだ。
だからどうだってわけではないが、クリスマスだなんだっていうんなら、一度ぐらいは聖書をきちっと読んだほうがいいと思うけど・・・・。
パウロじゃないけど、目から鱗(のようなもの)が落ちるかもよ。

とかなんとか、こうるさいことをダラダラと書いたけど、ほとんどの人たちにとって今日がキリストの誕生日だろうが、ラスプーチンの誕生日だろうが鑑真の誕生日だろうが関係のないことだ。
ちなみにメリークリスマスのメリーは「陽気な」、「笑い楽しむ」という意味らしい。
みなさんにとって楽しいクリスマスでありますように! 

 

kanいつもブログを読んでくれているお客さんから「今月はずいぶん更新してるね」なんぞといわれれて喜んでいたら、あっという間に滞ってしまった。
書くことがなかったわけではなく、忙しくて書くヒマがなかったわけでもない。
いったんおさまったかに見えた寒暖差アレルギー・・のようなものが、またぞろぶり返してブログどころではない状態だったのだ。

一日いっぱいくしゃみと鼻水に悩まされる日もあったので、意を決してマダムの通う病院に診察に行ってきたのが二週間ほど前
「アレルギーの検査をしましょう」ってんで血を抜かれ、なぜか コンドロイチンを注入され、抗アレルギー薬をもらって帰ってきた。
sakeが、その薬もほとんど効果がなく、やっとの思いで週末の慌ただしさを乗り越えた。
週明けに電話でアレルギー検査の結果を聞いたところ、200以内で収まるナントカという数値が350以上あるので、何らかのアレルギーが原因だと思われるという。
とはいえ、ハウスダストではないらしい。

一瞬「酒か?」とも思ったが、「じゃあ試しに禁酒してみてください」なんていわれると困るので、グッと飲み込んだ。
で、またもや怒涛の週末が迫ってきたので、ここはいっちょう専門家のお知恵を拝借とばかりに、以前かかったことのある耳鼻咽喉科へ行くことにした。
そこで吸入をして、別の薬と点鼻薬なるものをいただき、これで週末は大丈夫と安心していた。

201508091431277ceが、その期待も空しく週末の大混雑の中、またもや店のキッチンにこもりっきりでくしゃみ、鼻水に苦しめられた。
おまけにどこがどうなったもんだか、はパンパンに張るわ、眼の奥はジンジン痛むわ、こめかみや眉間までもガンガンと痛み出す始末。
アレルギーで死ぬ人もいるってえのが、なんとなくわかる気がしたね。
いま思い返してもよくあの状態で、週末の大混乱を乗り越えたものだ。
そして忙しさも一段落したと思ったら、嘘のように症状が楽になった。

はたして薬が効いたおかげなのかはわからないが、治るんならあの忙しい時に治ってくれりゃよかったのに・・。
で、落ち着いてからネットであれこれ検索してみたら、ほとんど同じ症状で苦しんだ人のブログがあった。
その人は大学病院を含む三つの病院を回り、皮膚科までいったがとうとう原因は特定されなかったという。
さいわい症状は収まり、今のところ再発していないという。
こっちの方も再発しないでいただきたいわ・・・。
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50このあいだ来たお客さんが開口一番「いま町を歩いてきたけど、年末のにぎわいってのがなくなったね」といって、入ってきた。
そのお客さんは七十代なかば、芦別の全盛期も衰退もその目で見てきている。
その世代のお客さんたちから、当時の芦別の話を聞くのはとても楽しい。
賑やかだった町の空気が流れてくるような気がする。
「その頃あそこには映画館があって、銭湯はあそことあそこ、このむこうに貯炭場があって、あのあたりは一帯が田んぼだらけ・・・」など、当時の町並みが浮かんでくる。
一部は子供の頃の記憶と重なるが、知らない話のほうが多い。

061129_2自分たちが小学生の頃は、七万を超えていた人口も四万人ぐらいに減っていたが、それでも町は今とは比べ物にならないぐらいに賑やかだった。
歳末ともなれば、町のあちこちに人があふれ、バスも電車も満員、各商店もかき入れ時だった。
われわれノータリン小学生も、クリスマスにはなにを買ってもらおうかとか、お年玉でなにを買おうかなどと毎日想像してはしゃいでいた。
で、クリスマスの混みあったおもちゃ屋で、念願の品を手に入れるのだ。

そしてやってくるお正月。
cache_product_11029021_9422_1_400x400せっかくお年玉を手にしても、その当時ときたら三が日はどこの商店もお休み
それでも双六やかるた、凧あげや書き初め、雪合戦、福笑いなど家の外でも中でも楽しいことはたくさんあった。
記憶では元旦営業をはじめてやったのは、今はなきダイエーだった気がする。
その頃マスコミでも「元旦営業、是か非か?」なんて少し議論されていた。
結局その後アッチがやるんならオラッチも・・ってな感じで、元旦営業は珍しくもなんともなくなっていった。
そしてその頃から世の中にイベントが溢れだして、結果メリハリのない毎日が始まった。

商売目的で次々と行事が考えだされて、今じゃバレンタインデーのお返しにホワイトデー
太巻き寿司を喰うことになんの意味があるんだかよくわからん恵方巻き
e0171614_10294847しまいにゃ当のキリスト信者にも「それってどうよ?」とか、いわれているハロウィンの馬鹿騒ぎ
おまけに図に乗って、「お次はイースターだ!」とかいって、ゆで卵にペイントしてみたりするヤツまでいるという。
踊る阿呆に見る阿呆、ノセる阿呆にノル阿呆。

もういくつ寝ると、その阿呆たちの国で、イベントの親玉オリンピックが開催されるらしい。
どこまで馬鹿騒ぎに拍車がかかるのか楽しみだ。
あーあ、昔の静かな正月が懐かしいわ。

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