泥酔亭の成り行き日記

2015年12月

hqdefault訃報のブログを続けて書いたら、またもや野坂昭如の訃報が飛び込んできた。
二度あることは三度ある・・いや二度書くことは三度書くか?
マンガばっかり読んでたせいか、あんまり文学には親しんだことがないので、野坂さんの本はそれほど読んだ記憶がない。
はじめて知ったのは、よく読んでいた音楽雑誌に「野坂昭如リサイタル」ってなLPの広告と、でっかく書いてあった「マリリン・モンロー・ノーリターン」の文字。
なもんで、最初は歌手かと思ったぐらいだ。
で、お次といえばいきなりテレビCMで「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか。みんな悩んで大きくなった♬」なんて歌ってる変なおやじ・・。
なんだかよくわからんが、こんな出会いの連続だったので、いよいよ著作を読もうとは思わなかった。
その次はブラウン管の向こうで、大島渚とひっぱたき合いをやってたり、選挙に出馬してバナナ食いながら走り回ってたり・・・。
なんともユニークなおっさんだったなぁ・・・、合掌。

gn-hira-arai-P20151207-ogp_0で、それもそうだが、水木しげるの訃報の次の日、これまた小さく訃報記事が出ていたのは、「平良とみ」さんの死亡記事。
御歳87だったそうな。
内地の方では、朝ドラ「ちゅらさん」のオバア役で知名度が上がったが、地元沖縄では知らない人のいないビッグネームだ。
ちなみに「ちゅらさん」には、鮎川誠さんもライブハウスのマスター役で出演していた。

わが家で平良とみさんといえば、なんといっても沖縄映画不朽の名作「ナビィの恋」のオバァ役だ。
なにしろこの映画ときたら、ポスターは大好きな版画家「名嘉睦稔」、劇中には沖縄民謡の二台巨頭「登川誠仁」と「嘉手苅林昌」も出演している。
嘉手苅林昌は出演後、まもなく亡くなっているから、この二人の最後の共演といえる。
ときおり流れるピアノは、マイケル・ナイマン、とつぜん始まるアイリッシュ・ダンスや沖縄民謡、粟国島の風景や、無邪気な子どもたち、どこを切り取っても美しい映画だ。2013070213520000

この映画をシアター・キノでオリオンビールを飲みながら観たおかげで、マダムの沖縄熱がさらにヒートアップしたのは間違いない。
サントラもすぐに購入。
今もソレを聴きながらこのブログを書いている。
沖縄の方言にはなぜか「さよなら」に当てはまる言葉がないという。
別れる時は「またやぁ」というとか。
なんだか沖縄らしいね。

オバァ、またやぁ!にーふぇーでーびる(ありがとう)

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05水木しげるの大きな訃報の記事のず~~っと下の方のすみっこに、小さな訃報記事が載っていた。
亡くなったのは「あしたひろし」さん。
よほどの演芸マニアでなければ、知らないかもしれないが、漫才界では知らない人のいないベテラン漫才師だ。
弟子の順子さんと「あした順子ひろし」の芸名で舞台に立っていた。
寄席で最後に出演することを「大トリ」というが、その直前に出る色物を「ひざがわり」という。
名人といわれた故古今亭志ん朝は、好んでこの2人をひざがわりに使っていたという。
東京漫才の特徴であるサラっとした味わいが、重宝された理由のようだ。
P1010114上方漫才のたたみかけるようなこれでもか!という芸と違い、ほどよく笑わせ、客席をほぐすような軽い笑いが東京漫才の真骨頂だ。

順子さんのテンポの良い語り口と、飄々としたひろしさんが織りなす独特の世界には多くのファンがいた。
以前東京に行ったとき、上野鈴本演芸場にこの2人が出演するというので、観に行ったことがあった。
ところが出番になったら「休演」で、ガッカリしたことがあった。
見たかったなぁ・・・生ひろし。
かわりといっちゃなんだけど、ニュー・マリオネット川柳川柳の「ガーコン」が見られたのはよかったけど。

X7tJH順子さんは何年か前から、女性漫才のゴッドマザーうつみ桂子師匠と時々舞台に立っていたので、ひろしさんの調子は、あまりよくないのではと気にはなっていた。
新聞によると、享年は水木しげると同じ93歳。
またひとり昭和の香りのする人が去っていった。

いまはyoutubeという便利なものがあって、いつでも二人の芸を見ることができる。
ぜひ検索して見てもらいたい。
近ごろのスピード感のある若手漫才に馴れ親しんでいる人には、古臭く感じるかもしれないが、この2人の独特の世界を、ぜひ多くの人に味わってもらいたい。
今ごろはあちらの世界で、志ん朝師匠と酒でも酌み交わしていることでしょう。
合掌。


m0020388005漫画界の巨匠であり、妖怪を日本中津々浦々に広めた巨人「水木しげる」が亡くなった。
享年93歳。
戦争で片腕を失いながらも、常に精力的に作品を発表し続けてきた。
自分の中では「手塚治虫」「石ノ森章太郎」「ちばてつや」は、なんといっても漫画界不動のベストスリー
この3人が漫画を通して社会全般に与えた影響は群を抜いている。
しかし水木しげるの影響力は、この3人とはまた別格の感がある。

なにしろマンガを読み始めた幼少のみぎり、すでにマガジンには「ゲゲゲの鬼太郎」、サンデーには「河童の三平」、ジャンプでは「千年王国」、ほかにも妖怪特集や読み切りマンガなど、ページをめくればそこには必ず水木しげる作品があった。
しかも「千年王国」は実写版で「悪魔くん」としてテレビ化もされた。
よく近所のアンポンタンどもと集まっては、「エロイム・エッサイム・・」なんぞと呪文をとなえて、地面にへんてこな模様を描いては、悪魔を呼びだそうとしていた。
「夜中にやらないと悪魔は来ないよ」なんて言う奴もいたが、もちろん恐いので昼間しかやらなかった。
そしてもちろん悪魔は一度も登場してくれなかった。

akumakunそしてアニメではおなじみの「ゲゲゲの鬼太郎」。
これと水木作品ではないが「妖怪人間ベム」は、独特の世界観で当時の子どもたちを芯の底から怖がらせてくれた。
ま、こんな具合に、物心ついた頃から水木ワールドはいつも身近にあったってわけだ。

今年5月に出雲大社のついでと言っちゃなんだけど、境港市の妖怪ロードに行ったときは、妙に懐かしい気持ちがした。
子供の頃から馴れ親しんだ妖怪たちが、町のあちらこちらで迎えてくれる。
ふだんは忘れていても、妖怪の名前がすぐに頭に浮かんでくるのも水木しげるのおかげだ。
それほどいつのまにか水木ワールドは、潜在意識に染み込んでいたってわけだ。
まずは長きにわたって妖怪と人類の橋渡しをしてくれた水木しげる先生に黙祷
ぜひ大妖怪の親分になって、無駄に明るい21世紀の日本人を怖がらせに来てください。
うちは除いていただいてけっこうですから。

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ひとは臨終のとき、自分の一生を走馬灯のようにプレイバックするという。spe
忘れたくないことも、思い出したくないことも細大漏らさず再現される、いいような悪いような仕組みらしい。
自分一人が観客の一大スペクタル映画みたいなものか。
しかも主役は自分、完全実話なのでリアリティ100%、壮大な実録巨編だ。
ほんまかいな?とも思うが、洋の東西を問わず、様々な人が証言している。
人間は一生のうち、脳の大部分を使っていないともいうし、死に臨んでふだん使っていない脳の部分が、高速に棚卸しみたいなものをするんだべか?

以前テレビでサヴァン症候群の特集をやっていた。
映画「レインマン」でも有名になったが、知能は人より劣っているが、ある能力だけが突出している人たちのことをいう。
ウィキペディアによると、1887年イギリスの医師が膨大な量の書籍を一回読んだだけですべて記憶し、さらにそれをすべて逆から読み上げるという、常軌を逸した記憶力を持った男性を報告した。
その天才的な能力を持つにもかかわらず、通常の学習能力は普通である彼を「idiot savant」(イディオ・サヴァン=賢い白痴【仏語】)と名付けた。
で、いまは「白痴」はちょいとマズいんじゃないの?ってことで、サヴァン症候群といっている。

能力も様々なものが報告されている。
一例をこれまたウィキペディアからあげると・・・。
  • ランダムな年月日の曜日を言える(カレンダー計算)。ただし通常の計算は、1桁の掛け算でも出来ない場合がある。
  • 航空写真を少し見ただけで、細部にわたるまで描き起こすことができる(映像記憶)。
  • 書籍や電話帳、円周率、周期表などを暗唱できる。内容の理解を伴わないまま暗唱できる例もある。
  • 並外れた暗算をすることができる。
  • 音楽を一度聞いただけで再現できる
  • 語学の天才で日常生活が不都合なのに数カ国語を自由に操る・・・・etc。
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yama日本では画家の山下清がそうでないかといわれている。
山下画伯は施設を抜けだして何年も放浪したあと、戻ってきてからそのあいだの日記を一気に書いていたという。
若いころ、その日記を読んだことがあったが、世話になった家の間取り、家族構成、町内の一軒一軒までが事細かに書かれていた。
別に知能が劣っている必要もないらしく、手塚治虫や司馬遼太郎のような一級の知識人も「映像記憶」を持っていたという証言もある。

先天的なものだけでなく、事故が原因でサヴァンになった人もいる。
脳みそってのは、なんとも不可思議な代物らしい。
人の一生は長い舞台のようなものだといった人がいた。
死という幕が下りるまで、脚本のない芝居を続ける。
で、最後に出来上がった映画を、ひとりで鑑賞するってことか。

ところで、みんな臨終の時に見たっていうけど、どうやってそれを伝えたんだ?
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jpegこのごろは年齢のせいか目が覚めると、夢をさっぱりおぼえていない事が多い。
目の覚める直前まで見ていた感覚は残っているけど、起きたとたんスカッとどっかへ消えていく。
それでも時々は憶えている夢もあるもので、起きてからいろいろと思い返したりもするけど、あいかわらず夢の中ってのは、おもしろくできている。

若いころの夢と違うのは、見ず知らずの連中がゴマンと出てくることだ。
しかもさっぱり面識のない奴らと、さも親しそうに笑い合ったり酒を飲んだりしてる。
なんなんだべね、一体。
ってか、だれよアイツラ?
場所や時間もバラバラで、海にいたと思ったら次の瞬間町の中にいたりする。
夜の町で飲んでいたのに、外へ出るとお天道さんが輝いていたりする。

1f35f5f8_1327391488100人それぞれなのかもしれないが、近頃憶えている夢はほとんどがフルカラーだ。
ライブの夢もよく見るんで、音もちゃんと聞こえているようだ。
しかし味と匂いは感じない
夢の中でなにかを食べている時も、「ん?なんの味もしない」と感じている。

現実と間違うようなリアルな夢もあるし、頭が狂ったんじゃねえの?ってぐらいとんでもない夢も見る。
一度なんざ、雪山のてっぺんにあるでっかい池みたいな所を覗きこんでいたら、タライぐらいの大きさの丸いものが見えるんで、近づいたら10mぐらいの鯉の目ん玉だったなんてのもあった。
公衆電話をかけていたら、受話器の向こうで犬の吠える声がする。
と思ったとたん通話口からニュルニュルとシェパードが出てきたこともあった。
まるでフランク・ザッパを聴きながら「ねじ式」を読んでいるような気分になる。
そんな夢をみた時はさすがに「しばらく酒は控えたほうがいいかも・・・」なんて思ったりもする。
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そういやぁ近頃、蛇の夢をたてつづけに見たっけ。
宝くじでも買ってみるべか。

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