泥酔亭の成り行き日記

2016年10月

mix歳をとったせいか、朝起きると見た夢を憶えていることはほとんどない。
が!一昨日見た夢は、はっきり憶えている。
憶えているというより、あまりにすごい夢だったので、目が覚めた時はどっと疲れ果てていた。
「歳を取ると、寝るにも体力がいるんだよね」と、いった人がいたが、この時は夢の内容で疲れてしまった。
夢でよかった・・とも思ったが、覚めないでほしいような気もした。

で、どんな夢だったかってえと、まず場所はディランの店内
夢なもんで、広さや配置は少しちがっている。
いつものようにカウンターの中に入って、ミキサーを操作している。
20-2076-03-420-420「もう少しモニターを上げてくれ」といわれて、ステージを見ると、そこにいるのはミック・ジャガー!
言わずと知れた世界最強のR&Rバンド、ローリング・ストーンズのボーカルだ。
もちろんそのうしろでスティックを握っているのは、あのチャーリー・ワッツ
なかなか思うような音が作れなくて、こちらはあたふたと冷や汗を流している。
窓をふいと見ると、テレビ・カメラや報道陣であふれかえっている。

なんとか音を作ったあと、ミックが「じゃあ、一曲やってみよう」といって演奏が始まった。
夢の中だから、ミックもきちんと日本語をしゃべる
で、曲が始まったとたん、また音が決まらない。
冷や汗一斗どころの騒ぎじゃない。
曲の途中で「少し休憩しよう。オレたちは栗林ホテルに行ってるから」と、去っていった。

キース音は決まらないわ、なんでストーンズがここにいるのかわからないわで、頭がパンクしそうになったところで目が覚めた。
ああ夢でよかった・・・ような、本番まで見たかったような・・・。
それにしても、キースやロンたちが出てこなかったのはなんでだべか?
遅刻したのか?それとも清鮨あたりで昼酒でも喰らってんだべか?
なんにしても贅沢で疲れる夢だった。
夢は願望のあらわれなんていうけど、こんなこと想像したこともなかったけどなぁ。

そして今日見た夢には、なぜかスティーヴィー・ワンダーとマイケル・ジャクソンが出てきた。
しかも場所は、どこかのひなびた温泉の宴会場のステージ
いよいよ酒毒が頭に回ったか?
今夜の夢には、いったいだれが登場することやら・・・。

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bob16日の遠藤ミチロウ・ライブで、いちおう今年のライブも終了した。
ゆっくりと紅葉でも・・なんて思っていたら、昨日の早朝どでかい落雷とともに冬がやってきた。
まだ根雪にはならないが、急に冷え込んで、冷たい風が吹き荒れている。

さて、ミチロウさんのライブでも話題にのぼったが、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。
音楽家では初めての受賞らしい。
当然、あちこちから非難の声が上がっている。
ミチロウさんいわく「漫画家が芥川賞取ったようなもんだ」。
たしかにいくらつげ義春が漫画の世界に文学的表現を持ち込んだといっても、芥川賞なんか受賞したら、作家はじめ評論家あたりに袋叩きにされるべね。
つげ
ま、ディランは別にほしがってたわけでもないようで、まったく連絡が取れないらしい。
するとまたまわりは「自分にふさわしくないから人前に顔を出せないんだろう」とか「身の程を知ってるなら辞退すべきだ」などといってる。
bob2ま、それはそれとして、受賞が決まった時はテレビでも速報が流れたようで、知り合いの寿司屋の親方からマダムに「ボブ・ディランノーベル文学賞受賞おめでとうございます」とメッセージが届いた。
するとほどなく道新の支局長から電話が来て、コメントをもらいたいという。
といっても、こちらはただのファンなので、「すごいですね」というぐらいしかない。
次の日の朝刊には「音楽における詩の可能性を広げた」なんて、しゃれたコメントが載っていたが。

そのあともいろんな人から「おめでとう」メールがたくさん来たが、ディランの名前を三十有余年、無断借用しているだけなので、なんといっていいのやら・・・。
すると翌日の昼過ぎ、チャイムとともにSTVテレビまでやって来た。
3時間ほどああでもないこうでもないと、いろいろ撮影して最後にコメントを撮られたが、どうせカットされるだろうと思い、ダラダラとしゃべっていたら、うまいことつなげてそれらしく放映されていた。

bob3  その夜はいろいろなお客さんから、「おめでとう。まぁ飲め」と、受賞に便乗させていただき、たいそうごちそうになった。
受賞特需も一日で収束し、世間もあっという間に静かになった。
若い頃から賞賛と同じぐらい非難されているディランにとっては、今さらガタガタ言われても柳に風と聞き流していることだろう。
エレキギターを持てば「裏切り者」といわれ、タキシードを着てライブをすれば「ラスベガスのショー」といわれ、作品と関係のないところで、さんざんグダグダ言われてきた。

なんのインタビューか忘れたが、ディランがこう言っている。
「なにも変わらない。詩を書き曲を作り、アルバムを作って、ステージで歌うだけだ」。
ディランがずっとやってきたのは、今も昔もこのことだけなのだ。

P_20160910_173020さて、昭和三十二年創業の老舗居酒屋「たかさご」で、人心地ついたので、いよいよマダムお目当てのうなぎの「まつを」へ向かった。
以前も書いたと思うが、マダムはうなぎ本体より肝がお好きだ。
高松では、肝煮しかなかったが、ここ「まつを」は肝の串焼きがあるそうだ。
威勢のいい若い衆がここの店主らしい。
小上がりに座り、メニューを見ると、そこには「生ビール一杯&肝焼き5本セット」なるものを発見。
しかもお値段は破格の¥1,000ポッキリときた。
まるでマダムのために用意してあるかのようなセットである。
こちとらは、もうビールはいいのでいきなり熱燗を注文。
あまり北海道では見かけないが、宮崎にも地酒があるようだ。
P_20160910_181009まずは「初御代」なる銘柄を注文。
するとやってきた徳利は、芦別でふだんお世話になっている寿司屋さんとおんなじ・・・。
偶然に驚きながらも、肝焼きをつまみに燗酒をグイッとやる。
この苦味が熱燗にぴったりなんだわ。

で、一杯やりながらメニューを見ると、肝焼きが一本¥130!
今まで色々食べてきたが、安くて¥300、高いところだと¥500から¥600はする。
うなぎ一匹から取れる肝の量はしれているから、高くても仕方ないと思っていたが、これほど安いのは聞いたこともない。
さらに肝丼¥1470なるものまである。
マダムは迷わずそいつをご注文。
どんだけ肝が好きなんだか・・・。
インドの神でダキニ天なるものは、人間の生き肝を好んで食べるというが、もしかするとそいつでも憑依してるのかも・・・。
さて肝を肴にもうひとつの地酒「千徳はなかぐら」やら「浦霞」なんぞを飲み散らかして、すっかりいい気分になった。
なかなかいいじゃないか、宮崎。
中休みにのれんを出すのさえ改善すれば、申し分なしだ。
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さて昼間の怒りもすっかり収まったし、本番は明日!ってことで、一日目はこれにて終了。
明日は「青島こどもの国」特設ステージで、世紀の祭典、音楽の玉手箱「希望と太陽のロックフェス」だ。
天気も上々らしい。
初めてのミュージシャンもたくさんいる。
そいつもまた楽しみのひとつだ。
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original宮崎といえば、チキン南蛮などでお馴染みの宮崎地鶏が有名だ。
ところがわれわれ夫婦は、宗教上以外の理由で、もう何年も肉を食べていない。
ってことは、もひとつの名物、宮崎牛も当然堪能することができない。
で、ふと思い浮かんだのは、ここ宮崎は天然うなぎの産地でもある。
なわけで、宮崎についてすぐに向かったのは、うなぎ屋。
マダムはどこに行っても必ずといっていいほどうなぎを食べる。
今までも東京をはじめとして、大阪、宍道湖、宮古島などあちこちで、ご当地のうなぎを食べ散らかしてきた。
ホテルの近くには数件のうなぎ屋があったので、勇んで行ってみると、なんと中休みの真っ最中。
数件のうなぎ屋に電話するが、そろいもそろって中休みときた。
ecfe9c44ab7f16a6e5d4f04aa8cf90dc乗り継ぎだのなんのと、つい食べそびれて、朝からなにも食べていない。
しかたがないので、なにか他のもので腹ふさぎをしようと繁華街をうろついたが、どこも示し合わせたように中休み。
初めての九州、初めての宮崎の町を、まさか空腹のまま徘徊しようとは・・・。
きびしいおもてなしだぜ、宮崎!

この中休みってのは、いまやどこへ行っても当たり前のようだから、今さらここで文句をいうつもりはない。
が、しかしここ宮崎の中休みはどこへ行っても、のれんや看板、旗を出したまま中休みをする。
腹を減らしたまま、「おっ!あそこにはのれんが・・・」と、近づくと店内は真っ暗・・。
で、はるか遠くの蕎麦屋を見れば、またのれんが・・・。
どの店も北の果てからきた田舎者をあざ笑うかのように、暖簾を出したまま休んでくださっている。
o0188015911510013907いくら「てげてげ」のお国柄でも、休んでいるときは暖簾ぐらい降ろさんか!
このことだけは、宮崎の飲食店組合、商工会議所、ひいては宮崎知事にも猛省を促したい。
と、いくら激怒してもないものはない・・・。
しかたなくホテルに戻り、ひとしきりふて寝して、夕方気分を直してまた宮崎の町へ繰り出した。
今度はどんな顔で迎えてくれるのか、宮崎!
いざ勝負!

P_20160910_170859とかなんとか意気込んでも、腹が減ってはなんとやら、威勢の上がらないことこの上ない。
で、ようよう見つけた一軒の居酒屋、創業昭和三十二年の「たかさご」
汗をふきふき、店内に入るとキンキンの冷房に一気に汗が引いた。
カウンターのおばちゃんに「どこか冷房の・・」といったら、「冷房の効くところですか?」とさらに冷えた場所へ案内されてしまった。
「いやいや・・冷房のゆるいところ」というと、怪訝な顔で少しぬるいところに案内してくれた。
沖縄もそうだが、南国は冷房でキンキンに冷やしてあげるのも、おもてなしの一環とみえる。
予約でいっぱいのカウンターの、なるべく冷房のゆるいところへ無理して座らせていただき、やっとのことで宮崎初のビールにありついた。

なんか前途多難な予感がする一日目であった。
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img_3_mだれが読んでくれてんだかわからないまま、だらだらと書き連ねていた瀬戸内旅行記も、やっとのことで書き終えた。
やれやれと思うまもなく、実生活の方は何かとめまぐるしく、ブログの方もとんとご無沙汰していた。
で、時間はあっという間に流れて、10月に突入
ちまたには初冬の冷たい木枯らしがふき、ストーブに火を入れるご家庭まであるそうだ。
あと三ヶ月もしないうちに「昨年はいろいろ」だの「今年もなにぶんよろしく」なんて挨拶を交わす日が来るね。
51E49bF4DVL一年ってこんなに早かったっけ?
さ、それはそれとして、また懲りずに駄文でも書くとすっか。

わが家は一年に一度、小銭をためちゃどこかへ旅行をしている。
それがマダムの一番の生きがいだそうだ。(ちなみにマダムの一番はたくさんあるんだが)
範囲を海外にまで広げると取りとめがなくなるので、いまのところ国内と決めている。
ディスカヴァー・ジャパンってやつだ。
旅行社にまかせず、自分で色々な手配をしてうろつく旅も、出たとこ勝負で、まさにたくさんの発見に出会える。

今年は5月に瀬戸内あたりに行ったんで、ホントならもう行かないはずなんだけど、酔った勢いで宮崎の野外フェス「希望と太陽のロックフェス」に行くことにあいなった。
今まであちこち行ったけど、九州にはまだ足を踏み入れたことがない。
芦別出身で長崎に住んでいる人がいて、遊びに来るなら色々と案内しますよといってくれてたが、タイミングが合わないうちに、体調を崩されたらしい。
なもんで、なかなか九州に行く期会がなかったが、今回晴れて宮崎行きが決まった。
P_20160910_135550その昔、これほど海外旅行が一般的じゃなかったころの宮崎は「新婚旅行のメッカ」なんぞと言われてたいそう賑わっていた。
しかもこのたびの会場は、メッカの中のメッカ「青島」にある。

いつものように朝早く家を出て、千歳から羽田を乗り継いで到着した宮崎は、フェニックスや蘇鉄、ブーゲンビリアの咲き乱れるまさしくの南国だった。
このあいだの岡山と違い、空港から宮崎市まではほんの30分ぐらい
町の大きさといえば、北海道でいうと旭川ぐらいの感じだ。
タクシーの運転手さんにいわせると、人間は南国特有ののんびりした人が多いらしい。
沖縄では「適当」とか「ほどほど」のことを「てーげー」というが、ここ宮崎でも「てげてげ」というそうだ。
また東国原知事で有名になった「どけんかせんといかん」なんてのは、概念すらないらしい。
あまり必死になって何かをしたり、争ったりということをしない県民性らしい。
ま、三宅伸治さんを見れば、だいたい見当がつくと思うけど。

ってなことで、またまた旅行記を書き始めてしまった。
今回は駆け足で書くようにしようっと・・・。
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