泥酔亭の成り行き日記

2017年03月

Chuckかまやつひろしの思い出にひたるまもなく、今度はR&Rのスーパー・レジェンド、チャック・ベリーの訃報が届いた。
去年、90歳を記念してニュー・アルバムをリリースするというニュースを聞いて、こりゃ100歳まで生きるな、と思っていた矢先の知らせだった。
レコーディングのコメントには、今まで苦労をかけてきた奥さんに捧げるというひとことが添えられていた。
リリースされれば前作「ROCK IT」からじつに38年ぶりのニュー・アルバムということになる。
先日、死因が発表されたが「自然死」となっていた。
大仕事をやり終えての大往生ってわけだ。

38年間、新しいアルバムを出していないので、チャック・ベリーをベスト盤でしか知らないひとがほとんどではないだろうか。
chuck2そうなると、あの同じようなイントロとコード進行でどの曲も同じに聴こえるかもしれない。
代表曲「ジョニーBグッド」と間違えてしまうような曲もたしかに多いが、オリジナルのアルバムを聞けば想像以上にバラエティに飛んだ曲を作っている。
そしてなんといっても、チャック・ベリー独特の「間」、ビート感はだれにも真似ができない。
まさにチャック・ベリーの前にチャック・ベリーなく、チャック・ベリーのあとにチャック・ベリーなしである。
ジョン・レノンが「ロックンロールにもう一つの名前をつけるとしたら、チャック・ベリーだ!」といったのもうなずける。

q1959年14歳のウェイトレスを連れ回し州境を超えたという罪で、懲役5年と罰金5,000ドルという刑を受ける。
懲役は3年に減刑されたが、その後の偏見や不遇で、偏屈な性格に磨きがかかった。
苦労したせいか金銭にもうるさく、契約になければアンコールもしなかった
いつも抱えているギブソンのES-345というギターも、かなり愛着がある愛器なのかと思えば「ギターは毎年買い換える。経費で落とせるからだ」とインタビューで答えているの見て驚いたことがある。
1981年には初の来日をしているが、その二年前には脱税で逮捕されている。
バンドを抱えると金がかかるってんで、ツアーの時は現地のアマチュアを使ったりもしていた。
そのせいか残っている映像を見ると、バンドとしての完成度はかなり低い。
どれもチャック・ベリーの強烈な個性だけで押し切っている。
cberryhail
キース・リチャーズはそんな記録しか残っていないことを嘆いて、きちんとしたものを残しておこうと「ヘイル・ヘイル・ロックンロール」という映画まで制作した。
もちろんその中でも、ライブの真っ最中にキースに「曲のキーを変えたい」といういかにもチャックらしい一コマがある。
なにしろ音楽から生き方、エピソードまで、いまのミュージシャンにはない強烈な個性があった。
映画の中の植木等のような飛びっ切りの軽さと明るさ。
チャック・ベリーが死んだと聞いて、なんだか世の中がいっぺんにつまらなくなった気がする。

ちなみにニュー・アルバム「CHUCK」は、6月に発売が決まったという。


dylanこの場所に引っ越したとき、おびただしい数の本、レコード、CDのほかに大量にあったのがビデオテープ
音楽関係のものも多いし、ドキュメンタリーやドラマ、落語関係やなんやかんやで段ボールに何箱もあった。
落ち着いたらDVDにでもしようと思っているうちに、あっというまに時間が過ぎてしまった。
このあいだ古い写真を整理したついでに、ビデオも整理しようと、少しずつ引っ張りだしている。
が・・なにしろすごい数だ。
ひとまずゴミ袋に3つほどは捨てた

で、残ったものの中で面白いのは、以前ディランでやったライブの映像
あたりまえだがどのミュージシャンも若いし、元気がいい。
ダビングしながら、過ぎた年月の長さを味わっている。
このあいだもふとビデオのタイトルを見ていたら、「ディラン15周年記念パーティー」と書いてあった。
これはちょいと貴重な映像だ。

1998年にミュージック・ハーベストを企画した時に、プロモーションを兼ねて、15周年記念パーティーを思いついた。
場所はスターライトホテルのホール。
当時の市長さんをはじめ、200人近くの人がお祝いにきてくれた。
bonsai余興のメインは藤井康一率いる「ボンサイ・ブラザーズ」
会場の真ん中には、お客さんが送ってくれた国稀「鬼殺し」の一斗樽
2時間の予定だったパーティーは延々4時間近く続いた。
もちろんお客さんはベロンベロン、一斗樽の国稀はきれいになくなっていた。

そのときのビデオをデジタル化したが、いかんせんノイズがすごい。
でも貴重な映像なので、ボンサイ・ブラザーズの部分だけを編集してフェイス・ブックにアップした。
もちろんライブなので、際どすぎてアップできない部分もあった。
それは門外不出として封印しておこう。
ほんの一時期だけ活動していた幻のバンド「ボンサイ・ブラザーズ」の貴重な動画。
ぜひ見てください。

20161021222913073とても現実のこととは思えないような、あの東日本大震災から6年が過ぎた。
いまだに12万人以上の人たちが、不自由な避難生活を送っているという。
無理にでも幕引きを図りたい政府は、4月までに大熊、双葉両町と、南相馬、浪江、富岡、飯舘、葛尾5市町村の帰還困難区域を除いて解除する。
そんなことをされなくても、帰りたいのはやまやまだ。
あの原発事故さえなければ、とっくに多くの人たちが故郷に戻っているはずだ。

その原発といえば、"アンダー・コントロール"どころか、収束とはほど遠い有りさまで、処理費用、倍賞も当初8兆円といわれていたが、今では21兆円を超えるという。
賠償の2,5兆円のうち2,4兆円は「昔から原発の電力を使ってきた」という理由で、新電力を含めて電気料金に上乗せされる。
そんなことをいわれて「なるほどもっともな話だ」と思う国民はいるんだろうか?
しかも仮に20兆円を費やしても、事故が収束する見込みはない。
i_up01_leftないどころか、どのようにしていいかだれもわかってはいないのが現実だ。

で、この北海道もなにやらいろんな理屈を付けられて、2度も大幅に電気料金が上げられた
泊発電所を再稼働させれば利益が出るはずだから、そうなったら値下げさせていただく」といっていたが、それもいつのことやら・・・。
いざその時になっても「思ったほど利益が出ないので、今のところ値下げは見送りたい」と言わないとは限らない。

しかしいまいちよくわからないんだが、震災の後、今まで電気を湯水のように使ってきたことを反省して、国民全体の流れとしてみんな節電に精を出した
永井龍雲s高田渡sks値上げやれ24時間の自動販売機がムダとか、パチンコ屋のネオンがよくない、ご家庭もLEDにしろだのいろいろと節約した。
で、思うのは、節電するとなにがどうなるってんだべか?
みんなが節約した電気ってのは、どこかに貯めておいて必要なときに使えるものなのか?
節電すると、電力会社は得するのか?
家庭としては、毎月の電気料金が安くなってありがたいが、電力会社の方は売上が下がるんで「値上げ」ってことになる。
ってことは、国民は値上げしてもらうためにせっせと節電してるってことなのか?

泊の原発は今のところ再稼働までいつまでかかるかわからない。
値上げしっぱなしの電力会社から、新電力会社に乗り換える人も増えている。
新電力の方も、その流れがいいものだから、「再稼働しないほうがありがたい」といっている。
ってことは、またもや利益が少なくなった電力会社は値上げするんでないのか?
20140917022347
原発から出るゴミの処理も決まっていない、なにかあったときにも対処する方法がない
だけど、再稼働しなきゃ会社は保たない
どっかおかしくないべか?この図式・・・。
高校中退者の脳みそじゃとても理解できんわ。
ま、家計のために節電はするけどね。


2014kakuteiposter3月の一大行事、確定申告も先日無事終了。
今年は去年のように年度をまちがえて!打ち込むこともなく、至極順調に終えることができた。
この場所に移転してもう17年にもなる。
それを機に申告も青色にし、専用ソフトを買い込んで申告するようになった。
最初の頃はちんぷんかんぷんだった会計用語も、少しずつネットで調べたりしているうちに、なんとなくわかるようになってきた。
以前のように電卓を脇において、いちいち数字を書き出していた頃とは、段違いに楽になった。
次々と数字を入れていくだけで、きちんと仕分けも計算もしてくれる。
なんとも便利なものだ。
それにしても、この複式簿記という便利なものはだれが考えだしたんだべね?
やっぱりユダヤ人あたりだべか?

ってなことで、すぐに調べられるのがネットのいいところ。
9c1860d7e92d52aaa0e9a76e48143372「簿記の歴史と前提」なるHPによると、「13世紀から15世紀イタリアの自由都市(ベニス・ゼノア・フローレンスなど)の商人が、地中海貿易で栄えた頃に発達した会計技術(ベニス式簿記法)」が始まりらしい。
するってえと、「ベニスの商人」の悪徳金貸しシャイロックも複式簿記だったんだべかね?
ま、なんにしても今年も無事に申告が終わったのは、めでたいめでたい。

陽気もだんだん良くなってきたし、雪解けも進んで春もすぐそこまで来ている。
申告終了を祝して、温泉一泊の旅とでもしゃれ込むか。

onsen!top

20170302s00041000468000p_thum夫婦そろって風邪をひいていたおかげでほとんど外出をしないうちに、巷は雪解けが進んですっかり春模様だ。
予報でも、このあいだの吹雪で降雪のピークは過ぎたといっていた。
これから一日一日春が近づいてくる。
なにをしようってわけでもないが、なんとなくウキウキした気分になる。

そんなところへ飛び込んできたムッシュことかまやつひろしの訃報
ここ数年、自分に音楽のすばらしさを教えてくれた多くのミュージシャンが旅立っていった。
かまやつさんを初めて知ったのは、スパイダースの頃だったはずだが、初めて意識したのはソロになっての「どうにかなるさ」を聴いた時だった。
白黒テレビの向こうで、ピアノの前に座ったムッシュが作曲をしていて、そのバックに「どうにかなるさ」が流れていた。
一度聴いただけで、メロディがずっと頭のなかに流れ続けていた。

275000次に見たのもテレビで、日曜の昼間、愛川欽也と「キンキン・ムッシュのザ・チャレンジ」という番組の司会をしていた。
その後の「イカすバンド天国」のハシリのような番組で、アマチュア・バンドの勝ち抜き合戦みたいな番組だった。
そのオープニングで、ムッシュがシルクハットにタキシードというスタイルで、オリジナルのロックを歌いながら登場した。
子供心に、まるでミック・ジャガーのように見えてえらく感激したものだった。

同じ頃、ラジオでも「フォーク・ヴィレッジ」という番組の司会をムッシュがやっていた。
こちらは「ザ・チャレンジ」と同じような趣向の番組だが、ジャンルはタイトルにもある通りフォーク・ソングのオーディション番組だった。
そのオープニングにムッシュの曲が流れるのだが、いくら探してもその曲がわからず、今でも聴いてみたい曲のベスト10に入っている。

o0320032013880975916そうしたジャンルを問わないムッシュに対して、一部の音楽ファンは「節操がない」とか「風見鶏」とかいって批判をしていた。
ロックの会場では「フォーク野郎」と野次られ、フォークのライブでは「芸能人!」とののしられ「帰れコール」を浴びせられた。
今から考えると、頭でっかちのお門違いな批判だが、そんな心ない批判にもムッシュは一度も反論せずに、ただ好きな音楽をやり続けていた。
その姿は今思うと、ボブ・ディランにも通じるものを感じる。
エレキ・ギターを持っては非難され、ゴスペルを歌ってはボロクソに言われても、やりたいことをやり通したディランとダブって見える。

ムッシュはいつでもスマートでスタイリッシュだった。
生き方すべてが風流で気負いがなく、粋な人だった。
今ごろはゴロワーズでも吸いながら、大好きなブライアン・ジョーンズとセッションでもしているかも。
サンキュー、ムッシュ!
いつも素晴らしい音楽と人生のお手本をありがとうございました。


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