P_20150518_075011_HDR平和記念公園で、改めて戦争のという暴力の悲惨さを痛感し、改めて平和のありがたさを思った。
このままホテルに戻ろうかとも思ったが、近くに広島城があることを知り、せっかくなのでそこまで足を伸ばすことにした。
地図アプリによると、およそ2kmほど。
マダムには「すぐそこ」ということにして歩き出したが、ふだん運動なんぞはほとんどしないので、着いた頃は息も絶え絶えの有り様だった。

で、そそくさと散策と撮影を済ませて、ホテルへ向かった・・が、やはり遠い。
P_20150518_083606活性酸素が出始めるちょうどその頃、マダムが路地にある昭和な喫茶店を発見。
よろけるように入って、モーニングで一息入れる。
表通りには、今風の洒落たチェーン系のコーヒー屋も何軒かあったが、やはりこちとら生粋の昭和っ子
こういう風情の喫茶店がしっくり来る。

そんなこんなでようやくホテルに戻り、荷物を詰めて、広島駅のそばにあるレンタカー屋へ行き、一路錦帯橋へ向かった。
広島駅から車で約50kmほど、高速を使えば一時間もかからない。
途中で予報通り、雨がポツポツと降り始めた。
そういやぁ「雨の錦帯橋」なんて歌もあったことだし、少しパラついていたほうがオツでいいやってんで、ほどなく岩国に到着。
50kmってぇけど、初めての道のせいか、なんだかすごく遠く感じたなぁ・・。

1673年に架けられてから、2度洪水で流され、1953年に再再建された、これが三代目らしい
P1000286帰ってきてから、改めて錦帯橋のことを調べていたら、そこに使われている和釘やかすがいは、四国松山の鍛冶職人「白鷹幸伯(しらたかゆきのり)」さんが打ったものだという。 
最後の宮大工といわれた名人「西岡常一」棟梁に「千年保つ釘を打ってくれ」といわれた話を聞き、一度お会いしたく、2007年に白鷹さんの作業場を訪ねたことがある。
初対面のわれわれを家にあげていただき、貴重なビデオまで貸していただき、千年釘ともいう和釘までいただいたことを思い出す。
偶然のようにも見えるこういう結びつきも、出雲の参拝の途中と思えば、不思議な縁を感じてしまう。
白鷹さんの打った土佐造りの包丁は、今もディランで使わせてもらっている。

岩国市のHPには、「錦帯橋は一本の釘も使っていないと、よくいわれる」が、実際は約29,000本の和釘やかすがいが使われていると書いてある。
だれがそれを言い出し、どうして広まったのかは定かではないらしい。
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