47図らずも二年分やってしまった確定申告も、ようやっと締めにさしかかり、最終チェックを残すのみとなった。
毎年のことながら、なかなかにめんどうな代物だわ。
つくづく事務関係の仕事につかなくてよかったなぁ。
考えてみりゃ、一日いっぱい机に座って、ああいうことを毎日のようにやっている人たちっていっぱいいるんだべね。
どんな仕事も大変だろうけど、ああいうのは自分にゃ絶対ムリだろうな。

仕事で思い出したけど、このごろハマっているのは、ロシア語の同時通訳だった故米原万里さんの本。
0406なんのきっかけで興味を持ったか忘れたが、言葉を仕事にしてたせいか、なにを読んでも面白い。
親の仕事の都合で、言葉の通じないプラハで子供時代を過ごしていたことがきっかけで、言葉によるコミュニケーションの大切さを学んだという。

図書館で見つけた「愛の法則」という講演集は、話し言葉で書かれているので、読みやすく内容も素晴らしい。
惜しむらくは、このタイトル・・・。
中身がこれだけ秀逸なのに、このタイトルはないんじゃないべか?
男女のことを書いてあるのは、第一章の「愛の法則」だけで、あとはぜんぜん別のテーマが語られている。
第二章は「国際化とグローバリゼーションのあいだ」、第三章は「理解と誤解のあいだ」、第四章は「通訳と翻訳の違い」と、テーマは多岐に渡っている。
中身を知らずに「愛の法則」なんて、タイトルだけだったら間違いなく手に取らなかったはずだ。

original6_img003視点もさすがで、第二章では「アメリカのいうグローバリゼーションとは自分たちの基準を押し付けることであり、日本人の思うグローバリゼーションは世界の基準に自分たちを合わせることだ」と語っている。
国際化といっていながら、その時点でもっとも強い国(今はアメリカ)に、自分たちを合わせることをグローバリゼーションと思っているという。

だから、時々「英語を公用語にするべきだ」なんて言い出すのが現れる。
この本のおかげで知ったのだが、こういうことを言い出したのは、つい最近のことではなく、明治時代からこういったことを言い出す連中が出てきたという。
global_english_peopleそれも北一輝は日本語を捨てて「エスペラント語」にすべきだといい、志賀直哉は「フランス語にせよ」と言っていたらしい。

日本人の細やかな精神を表現でき、自国の文化が多く詰まっている自国語を捨てて、どういう思考ができると思ったんだろう?
自国語を強制的に奪われた国もあるというのに、驚くほどの劣等意識だ。
それでなくても日本語の許容力は、漢字が入ってきた時の訓読みの発明、オランダ語から英語、ドイツ語まで取り込んでしまうカタカナ語の利用まで、かなり高度な言語といえる。

米原さんのお陰で、学生時代にまったく興味がなかった文法なんぞを勉強したくなってきた。
たぶんしないと思うけど・・・。

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