090714jo-thumb子供の頃は今よりずっとラジオやテレビで落語をやっていた。
何気なく聴いているうちに、だんだんと好きになり、そのうち興津要の「古典落語」なんて本まで買うようになった。
文学や芸術より、漫画と落語とロック・ミュージック
どうりでこんな大人が出来るわけだ。

さてその落語だが、いまいちピンとこなかったのは、貨幣価値
「その頃は十両盗むと首が飛ぶといいまして、九両三分二朱までは大丈夫だったそうでございます」と志ん生にいわれても、「十両ありゃあ一年遊んで暮らせる」と金馬にいわれても、十両っていまの金にするといくらだかわからない。
ものの本によると、江戸時代は貨幣価値もかなり変動し、江戸初期と幕末では倍近くも違うらしい。
9793a23ac99ec62e3308c0e4f7d4666dしかし大まかにでもわかっていないと、文七が落とした五十両がどれくらいなのか?そば屋がかすめとられた一文がどれくらいなのか?実感がわかない。

で、ちょうどよさそうな本があったのでいろいろ見てみると、一両は安い時で今の五万円ほど、高い時で十万円ぐらいだったそうだ。
だとすると、十両ありゃあ・・・って今の百万ぐらい?
百万円で一年寝て暮らせるか?・・とも思うが、その当時は物価も安く、ほとんどの町人は今でいうミニマムな暮らし向きで、あまり金がかからなかったようだ。
家は一般的な裏長屋の九尺二間(2,7m☓3,7m)で、ひと月四百文。
風呂なし、トイレ共同、1Kでひと月¥8,000ってところだ。
風呂は近所の湯屋で、風呂銭が¥120、体を洗う糠袋が¥40。
小腹が減ったので、屋台のそばを食べると¥320。
P4200046
(ちなみに稲荷ずしは今の四倍ぐらいの大きさで売っていた)

そんなことを考えると、たしかに十両ありゃあ一年は・・って話もうなずける。
200x200_P2_G3145294Wただ思っていたよりもずっと高価だったものもかなりある。
たとえば傘は高級品で、一本¥16,000もしたという。
なるほど「金明竹」で、傘を貸すのを渋るわけだ。
時代劇などで、好きな女の子に櫛を贈ったりするが、柘植などの木に蒔絵を施したもので¥20,000から¥40,000、鼈甲あたりの高級品だと4、50万はした。
もっともいまの百均のような店もあり、なんでも三十八文(¥760)で買えるところもあったらしい。

一番気になっていたのが富くじ
ほとんどが百両(一千万)が一番富だったが、「富久」のように千両富もあったらしい。
くじの値段は二朱(¥12,500)ぐらいだったが、久蔵の買ったのは千両富だったので、一分(約¥25,000)
そうなると「懐にあるこの一分、親とも兄弟ともたとえがたい。今別れると今度いつ会えるやら・・」と借金まみれの久蔵が惜しむのもわかる。
金の価値がわかると、落語を聞く楽しみ方も少し変わるかも。

ちなみにこの本は、いずみ朔庵著の「財布でひも解く江戸あんない」です。
_SX349_BO1,204,203,200_