P_20180516_160907波のむこうに消えていく壱岐を見ながら、甲板で飲む缶ビールは格別だ。
少々風は強いが、天気は上々、波も静か。
ここをさっき一支国博物館で見た古代船が行き来したことを思うと感慨もひとしおだ。
壱岐の印通寺港から唐津東港までは、約一時間四十分の船旅
ちなみに印通寺は「いんどうじ」と読む。
マダムに説明するときに何度もこの港の名前を言っていたのだが、「なぜこの人はさっきからインド人の話しばかりしているのだろう?」と思っていたらしい。
なんのために壱岐まで来て、インド人の話しを何度もしなきゃならないのか?
少し考えりゃわかりそうなもんだが・・・。

P_20180516_171338船内で唐津の情報をあれこれと調べているうちに、陸地が近づいてきた。
ふと前方を見ると、小高い山の上に城が見える。
たぶんあれが唐津城(またの名を舞鶴城)であろう。
そうこうしているうちに船は無事唐津東港に到着。
ここから西唐津駅に行き、電車で唐津まで行く。
フェリー乗り場から西唐津駅までは約2km
長旅に疲れた体にはちょいとキツい距離だ。
バスはないにしてもタクシーの一台もあるだろうとあたりを見回しても、車一台走っていない。
しかたないのでタクシーを探しつつ駅の方に向かって歩いたが、とうとう見つからないまま駅に着いてしまった。
フェリー到着時間に合わせて、タクシーの一台も待機させといてもらいたいもんだ。

P_20180516_181509いきなりのセミハードな展開にブウスカいいながらも、電車に乗り込んで約30分で唐津駅にご到着。
さて初上陸の唐津市はいかがなる所だろうと、駅前から続く表通りを眺めると、なんとも落ち着いた風情の町のようだ。
駅前によくあるチェーン居酒屋やケバいパチンコ屋などもなく、高層建築もほとんどない。
しかもいくら平日とはいえ、人も車も異様なほど少ない。
やはり同じ佐賀県でも、唐津藩よりお隣の鍋島藩(佐賀藩)の方が明治維新で活躍したせいで栄えているんだベか?
あとで調べてみると唐津藩主小笠原長行(ながみち)は、最後まで幕府側について函館戦争まで戦ったとか。
薩摩藩のとりなしがなかったら、唐津は九州の会津になっていたかもしれないそうだ。
しかし最後まで意地を通した小笠原長行は筋の通った気骨の人だった。
以前四国の松山市に行ったとき、寿司屋のおやじさんが「松山は徳川方に付いたから、土佐藩みたいに威勢がよくないんです」といっていた。
維新から百年以上経っても、まだそういう空気って残っているのかもね。

さ、九州最後の夜、唐津にはどんな店が待っているであろうか?
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