泥酔亭の成り行き日記

カテゴリ: 日常

世間様は黄金週間とやらに突入して、西へ東へ行楽を求めて飛び回っているようだ。
こちとら、ゴールデン・ウィークもプレミアム・フライデーも一切関係なし。
粛々と日々の務めをこなすだけだ。
そういえば世の中に出てからというもの、ゴールデン・ウィークもなければボーナスってぇのも一度ももらったことがない。
これも高校中退者の定めってやつだべか。
ま、もちろん自業自得ってやつですが・・・。
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p1いつもなら今時期は、夫婦でに出ているころなんだが、今年はちょいとおあずけだ。
原因はというと、わが家のマイカー。
一応おフランス生まれで、ルノーから出ているカングーという車種だ。
おフランス車といっても、地元では郵便や配達などに使われているという準商業車
荷物がたくさん積めるのと、なんとなく愛嬌のあるルックスが気に入って五年ほど前に購入。

しかしこのマドモアゼル・カングーときたら、なかなかの金食い虫なのだ。
2e5393e19bad91de943830414668a450このご時世にハイオクで、燃費もリッター10Kmそこそこ。
しかも買って半年もしないうちに、オルタネーターとやらが壊れて交換で十万近い出費
その後も走っている途中に、怪しげな音がしたと思ったら、エンジンを支えているボルトが折れたとか・・。
それはボルト一本だったので、車検の時についでに直してもらった。
車検もよくあるお安いところでは敬遠される・・というより、なかなか引き受けてもらえない。
前回の車検でやっと見つけた工場が大当たりで、技術もあり比較的安い。

640d153721a92e6201985884255c8e8f4fd9b7f71468595851が、今回の車検では、定期的に取り替えなければいけない部品があって、それを含めると約18万円とのこと。
タイミング・ベルトとウォーター・ポンプという壊れると取り返しの付かない部品らしいので、仕方がないとお願いした。
するとすぐに電話が来て、開けてみると、あれやこれや交換しなければならないところが出てきたという。
で、お値段は一気に25万円ほどに跳ね上がった。
ゴールデン・ウィークのため、部品の取り寄せに時間がかかるので、出来上がりは5/10すぎらしい。

ってなことで、旅行計画どころの騒ぎじゃなくなり、日々マダムの嫌味を聞かされつつ、針のむしろに座っている。
それにしても代車の快適なこと
アイドリング・ストップにエネ・チャージ、室温も自動調整、ボタンひとつでエンジンスタートときた。
まったく日本車ってはいたれりつくせりですな。

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090714jo-thumb子供の頃は今よりずっとラジオやテレビで落語をやっていた。
何気なく聴いているうちに、だんだんと好きになり、そのうち興津要の「古典落語」なんて本まで買うようになった。
文学や芸術より、漫画と落語とロック・ミュージック
どうりでこんな大人が出来るわけだ。

さてその落語だが、いまいちピンとこなかったのは、貨幣価値
「その頃は十両盗むと首が飛ぶといいまして、九両三分二朱までは大丈夫だったそうでございます」と志ん生にいわれても、「十両ありゃあ一年遊んで暮らせる」と金馬にいわれても、十両っていまの金にするといくらだかわからない。
ものの本によると、江戸時代は貨幣価値もかなり変動し、江戸初期と幕末では倍近くも違うらしい。
9793a23ac99ec62e3308c0e4f7d4666dしかし大まかにでもわかっていないと、文七が落とした五十両がどれくらいなのか?そば屋がかすめとられた一文がどれくらいなのか?実感がわかない。

で、ちょうどよさそうな本があったのでいろいろ見てみると、一両は安い時で今の五万円ほど、高い時で十万円ぐらいだったそうだ。
だとすると、十両ありゃあ・・・って今の百万ぐらい?
百万円で一年寝て暮らせるか?・・とも思うが、その当時は物価も安く、ほとんどの町人は今でいうミニマムな暮らし向きで、あまり金がかからなかったようだ。
家は一般的な裏長屋の九尺二間(2,7m☓3,7m)で、ひと月四百文。
風呂なし、トイレ共同、1Kでひと月¥8,000ってところだ。
風呂は近所の湯屋で、風呂銭が¥120、体を洗う糠袋が¥40。
小腹が減ったので、屋台のそばを食べると¥320。
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(ちなみに稲荷ずしは今の四倍ぐらいの大きさで売っていた)

そんなことを考えると、たしかに十両ありゃあ一年は・・って話もうなずける。
200x200_P2_G3145294Wただ思っていたよりもずっと高価だったものもかなりある。
たとえば傘は高級品で、一本¥16,000もしたという。
なるほど「金明竹」で、傘を貸すのを渋るわけだ。
時代劇などで、好きな女の子に櫛を贈ったりするが、柘植などの木に蒔絵を施したもので¥20,000から¥40,000、鼈甲あたりの高級品だと4、50万はした。
もっともいまの百均のような店もあり、なんでも三十八文(¥760)で買えるところもあったらしい。

一番気になっていたのが富くじ
ほとんどが百両(一千万)が一番富だったが、「富久」のように千両富もあったらしい。
くじの値段は二朱(¥12,500)ぐらいだったが、久蔵の買ったのは千両富だったので、一分(約¥25,000)
そうなると「懐にあるこの一分、親とも兄弟ともたとえがたい。今別れると今度いつ会えるやら・・」と借金まみれの久蔵が惜しむのもわかる。
金の価値がわかると、落語を聞く楽しみ方も少し変わるかも。

ちなみにこの本は、いずみ朔庵著の「財布でひも解く江戸あんない」です。
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090518突然ですが、宝くじで七億円当たったので、タヒチに引っ越します。
長らくお世話になりました。ではアディオス!

・・・と、せっかくのエイプリルフールなので、小学生みたいな嘘を一発かましてみました。失敬!
だいたい宝くじもなにも、買わないものは当たらないのが道理。
しかもわれわれ夫婦には、くじ運なんてものはこれっぽっちもない。
地道に稼いで、これからも芦別でほそぼそと生きていきます。

「2月は逃げる 3月は去る」とか毎年のようにいっているけど、今年の3月は「散々」の3月だった。
月はじめに二人そろって風邪をひいて寝込むわ、身内のように親しくしていたお客さんは亡くなるわ、月末にはまたそろって風邪で寝込むわと、ふんだり蹴ったりの月だった。

dylan17去年の暮れに突然入院することになったそのお客さんは、入院してたったの三ヶ月ほどでこの世を去った。
68歳のあまりに早すぎる死だった。
あまりに突然の事だったので、いまだに実感がまったくわかない。
ほとんど毎日のように、ディランのカウンターに座っていたので、まるで同居家族のようだった。
秋ごろに尿の調子が悪く、出づらかったり、頻尿だったりするといっていたので、てっきり前立腺や腎臓の病気だと思っていた。
かかりつけの病院で検査してもらったが、どうにもわからないので、札幌の病院で診てもらったところ、結果はまさかの肺がん・・・しかもステージ4だという。
若い頃はヘビースモーカーだといっていたが、もう何年も煙草は吸っていない。

NHKで特集をしていた「プレシジョン・メディシン」という治療法に望みをかけて、北大に転院しようとしていた矢先に亡くなってしまった。
今年のはじめに一度手紙が来て「飯もうまいし、まったく死ぬ気がしません」と書いてあったので、知らせが入った時は愕然としてしまった。
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メールで送られてきた「酒求め 雪の向こうに 赤い窓」という一句が辞世の句になってしまった。
自宅から夜歩いてくると、通りのむこうにディランの窓は赤く見えるといっていた。
返句に「主待つ 湯割りグラスも 淋しげに」と送った。
あれから毎日、カウンターのいつもの場所でウイスキーの湯割りが、主をき待っている。
合掌・・・。
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2014kakuteiposter3月の一大行事、確定申告も先日無事終了。
今年は去年のように年度をまちがえて!打ち込むこともなく、至極順調に終えることができた。
この場所に移転してもう17年にもなる。
それを機に申告も青色にし、専用ソフトを買い込んで申告するようになった。
最初の頃はちんぷんかんぷんだった会計用語も、少しずつネットで調べたりしているうちに、なんとなくわかるようになってきた。
以前のように電卓を脇において、いちいち数字を書き出していた頃とは、段違いに楽になった。
次々と数字を入れていくだけで、きちんと仕分けも計算もしてくれる。
なんとも便利なものだ。
それにしても、この複式簿記という便利なものはだれが考えだしたんだべね?
やっぱりユダヤ人あたりだべか?

ってなことで、すぐに調べられるのがネットのいいところ。
9c1860d7e92d52aaa0e9a76e48143372「簿記の歴史と前提」なるHPによると、「13世紀から15世紀イタリアの自由都市(ベニス・ゼノア・フローレンスなど)の商人が、地中海貿易で栄えた頃に発達した会計技術(ベニス式簿記法)」が始まりらしい。
するってえと、「ベニスの商人」の悪徳金貸しシャイロックも複式簿記だったんだべかね?
ま、なんにしても今年も無事に申告が終わったのは、めでたいめでたい。

陽気もだんだん良くなってきたし、雪解けも進んで春もすぐそこまで来ている。
申告終了を祝して、温泉一泊の旅とでもしゃれ込むか。

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_AC_UL320_SR226,320_どうせ耳鼻科のセンセも見ないだろうからってんで、さんざん悪態を書き綴ったものの、いただいた抗生物質を四日間きっちり飲み終わってみると、はれものはウソのようになくなってしまった。
ふだんほとんど薬を飲まないせいか、みごとに効いたようだ。
うーむ、もしかしたらあのセンセは、隠れた名医かもしらん。
これからも末永くお世話になることにしよう。

ってなことで、加齢ゆえのアレルギー性鼻炎は、名医さまのおっしゃる通り症状を薬で抑えるしかないので、あいかわらずグズグスしているが、腫れがひいたのはまことにありがたい。
で、毎年恒例の「地酒を楽しむ会」も無事盛況のうちに幕を閉じて、あとはぼちぼちと確定申告でもやったろうかと、思っていた矢先に今度は風邪をひいてしまった。
おととし夫婦そろってのインフルエンザで、七転八倒したことを思い出しぞっとしたが、熱も出ないしどうやらふつうの風邪らしい。
これもまた加齢のせいか、近ごろはちょいとした風邪ぐらいでは、熱が出ない
つまり抵抗する力もないってことだ。
blog_import_53f63aee603a2もっとも風邪といっても、鼻炎のせいで鼻水はいつのことだし、それに喉の痛みと咳と関節痛が加わっただけのことだから、それほどふだんと変わらない。
いつもどおり水分とビタミンC&葛根湯でよくなった。

インフルエンザの時も、週末をはさんでいたので、病院にもいかず、ひたすら水分とビタミンCをとって無抵抗状態で病気のやりたい放題にまかせた。
落語の「黄金餅」の西念じゃないが「病が下りゃしないかと思って」水ばかり飲んで寝転んでいるうちに治った。
その後マダムにも感染したが、マダムの方はきちんと病院で治療していただきました。
人間の重要度が違いますからね。

で、今回もまたぞろ水分とビタミンC&葛根湯作戦で治りかけた頃、マダムに感染
さすがにまだいくぶんかこちらより若いせいか、微熱があるようだ。
冬の疲れも一度に出たのかもしれないし、お客さんにうつしてもいけないので、早めの春休みをいただくことにした。

マダムが治る頃、おもてはすっかり春の風だべね。


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