泥酔亭の成り行き日記

カテゴリ: 映画

このあいだラジオで映画の紹介をやっていた。image8
タイトルは「KANO 1931」。
なんでも戦前、台湾の高校が甲子園出場した時の実話を元にした映画だという。
興味を引いたのは、一度も勝ったことのない弱小チームが、ある日本人監督の指導のもと、たった一年で甲子園出場を果たし、しかも準優勝したということだ。
しかも選手役で出演しているのは、みんな素人でオーディションも、演技力や見てくれより、野球の実力で選んだという。
それだけに試合や練習などのシーンは迫力満点だし、いまの日本の役者に見られるあざとさなどはかけらも見られない。

こういう映画は、ミニ・シアターでしかやらないんだべな・・と思っていたら、なんと旭川のシネコンで上映していた。
野球のルールをまったく知らないマダムは、最初「ほかの選択肢はないの?」と難色を示していた。
しかも上映時間は3時間もある。
仕方なしに承知したマダムは、じつは台湾がお好きなのである。
その一点のみで付き合ってくれたのだが、結局上映時間の長さなんぞはまったく気にならないくらいの熱い内容に、観終わったあとは大変満足していた。

9b387f1ed1a1f8cb_S戦後日本統治時代に建てられた銅像がすべて引き倒された時に、唯一残された銅像のモデル、水利技術者「八田與一(はったよいち)」も大沢たかおが好演している。
八田は日本人も現地人も分け隔てなく付き合い、ともに汗を流し苦労をして、当時アジア最大といわれた水利設備「嘉南大圳(かなんたいしゅう)」を完成させている。
その銅像も一般的な威圧姿勢の立像ではなく、ふだんの八田の姿そのままに、碑文や台座は無く地面に直接設置されている。

感動して帰ってきた次の日、テレビでは当時の台湾総督「後藤新平」の番組が流れた。
後藤も劣悪だった当時の台湾の上下水道を整備し、近代的な台湾の基礎を作った。
こういうのってシンクロニシティってやつだべか。
マダムなんぞはすっかり「台湾が呼んでる!」などと台湾に行く気まんまんだ。

ちなみにタイトルの「KANO」は舞台となった嘉義(かぎ)農林学校の略称を英語にしたものだ。
どこかで上映してたらぜひ映画館で見てもらいたい一本だ。
ってことで、メイキング動画も載せておきます。



今年は震災をはじめなんだかいろいろ激動の一年だった。
芸能の方でも「原田芳雄」「立川談志」と自分の中の「存命中二大カリスマ」がこの世を去ってしまった。
ここ数日何かにつけて原田芳雄の映画や、立川談志のビデオなんぞを見続けている。
ikite特に原田芳雄の今まで見逃していた「生きてるうちが花なのよ 死んだそれまでよ党宣言」と「寝取られ宗介」は想像していた以上の傑作だった。

もっとも「生きてる〜」は監督が底辺を生きる庶民のバイタリティーを描かせたら右にでるもののいない「森崎東」。
コザ暴動で沖縄から国境を超えて!日本に逃げてきた国籍のないカップルに原田芳雄と倍賞美津子。
国籍がないため男は原発ジプシー、女は流れのストリッパー
そこへジャパゆきさんやヤクザがからむパワフルなストーリー。
森崎の熱烈なファンである泉谷しげるも、死んだことにして原発から逃亡する男を熱演している。

原発問題の捉え方はとても1985年の作品とは思えないほどで、森崎監督も当時からかなりの危機感を持っていたようだ。
「原発で怪我をしても公にはできないから、ちゃんとした病院にもかかれない。死んでしまった奴もいるが夜中に電力会社のマークの入ったヘリコプターが来てどこかへ遺体を運んでいく」と話す泉谷しげるも映画の中で殺されてしまう。
どんどん悪くなる足の傷をさすりながら「あの恨みニウムがこの足を腐らせていく」と自棄になる原田芳雄も死んでいく。
それでも森崎映画は庶民のもつ雑草のようなパワーをグイグイ見せつける。
今こそこの映画は最評価されてもいい時代かもしれない。

で、もう一本の「寝取られ宗介」。
原作がつかこうへいで監督が若松孝二
悪いわけがない。
とくに原田芳雄が女装して歌う「愛の讃歌」は圧巻。
両作品を見たい人は連絡ください。
sou

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